【飛躍のヒント】#179 訃報

かつて、会社で一緒に働いていた
方が、亡くなったとの知らせを、
二日前に受けました。

今年の一月のことだったそうで、
別の元同僚が、ご家族からの
はがきで、知ったとのこと。

亡き方は、名前を出しても大丈夫
だと思うので、敬意を表して
出します。森川さんといいます。

私の友だちとしては最高齢の、
享年93歳。最後に会ったのが、
2016年の末で、とても、
お元気でした。

その1年ちょっと後には
亡くなってしまい、私はそれを
知らず、

しかも、可愛がってもらっていた
からでしょうか、悲しみがわき
起こりました。

直接、親交のあった方の訃報は
今年、3つ目でした。

3人、それぞれに、私の受け
止めや、引き起こされた感情が
異なります。

関係も、知らせを受けた状況も
異なるので、反応が異なるのは、
自然なのですが、

2か月前に接した、友の訃報の
ときは、私は、穏やかにその
知らせを受け止めました。

その人が、生きていたときと
同じように、

私の中に、仲間として存在して
いる感覚が、今でもあります。

その時と今回とで、自分の反応が
かなり異なるので、改めて、

人の死を、どうとらえるか?
ということを、考えてみたく
なりました。

そこで、久しぶりに読んだのが、
2014年に、師匠からもらった
ことば。

ある大切な人が亡くなり、

これは、第一級の人生の試練

と、察知した時です。

師曰く、

===============
大切な人を失っても、そもそも
悲しまない。

死とは、元の世界に戻ること、
元の世界に旅立つことであって、
旅立ちを祝福すべきもの。

この出来事から、何を学べるか?
===============

それを読んだら、私は、
森川さんが、私にとって、自慢の
友であったことを、思い出し
ました。

元日本兵で、戦争中は、中国。
シベリアに抑留され、ロシア語を
覚え、昭和23年に、帰国。

とても、生きる力と才覚に
あふれた人で、公にはできない
ような秘話も、してくれました。

戦後は、米軍基地で働き、
後に、フォードが広島に進出して、
社員の募集広告を新聞に出した時、
履歴書の送付、第一号だった
そうです。

面接したオーストラリア人は、
本人も太平洋戦争に従軍していた
という、元・敵兵。

「あなたは軍隊で、何をして
いたのか?」という質問が飛び
出すなど、意気投合したそうです。

そういう、数々のストーリーや、
それを話している時の、森川さん
の声や笑顔や、ゴムまりが
はじけるようなエネルギッシュな
姿を、私は思い出してきました。

すると、悲しみが消え、この世に
いてもいなくても、彼が私の中で、
「そこにいる人」として存在して
いる感覚が生まれました。

すると、森川さんのことを、
人に知ってもらいたくなり、
今、これを書いています。

私は、戦争中の話を聞くのが
好きです。

強烈な体験の中での、人の生きる
力の強さに触れるのが、好きなの
でしょうか。

過去の出来事を知って、未来を
つくることは、大切でもあります。

「この出来事から何を学べるか?」
という問いへの答えは、はっきり
とは出ていませんが、

少なくとも、戦争の記憶は
引き継いでいくべきこと、
と思っていて、自分にできる
ことがあれば、やります。

ではまた!

坂本 夏子

ことば屋&人事屋
LABプロファイル®
マスターコンサルタント
トランスフォーメショナル・
コーチ®