【飛躍のヒント】#182 ノーベル平和賞スピーチの原点

サーロー節子さんって、ご存知
ですか?

昨年、ノーベル平和賞を受賞した、
ICAN(核兵器廃絶国際キャン
ペーン)の活動に携わり、
受賞のスピーチをされた方です。

あなたも、TVでご覧になった
かもしれません。

カナダ在住の被爆者で、広島出身。

被爆体験を北米で語ると同時に、
1965年より、カナダで、社会
福祉の専門家として、教育、医療
の分野で活躍し、

カナダで最高の名誉である、
カナダ勲章を受章されたとのこと。

ICANのノーベル平和賞受賞後、
初めて広島に戻り、昨日、
母校の広島女学院大学で
講演をされました。

ラッキーにもチケットを入手し、
行ってきました。

私は、核廃絶の運動家ではあり
ませんが、ノーベル賞を受賞する
ような活動に、長年、従事し、
国連や授賞式でスピーチをする
ような方って、すごい人のはず。

どのようなすごさを持っている
のだろう? それに触れた
かったのです。

講演を聞いて、特に印象に残った
ことが、二つあります。

一つは、86歳とは思えない、
声の力強さです。

声量もあるし、声が、力強い。

壇上の机に座り、マイクを通しての
講演中、サーローさんが立ちあがって
動き、マイクなしで話すことが、
30秒ほどありました。

私が座っていたのは、
1,100人が入る大きな講堂の、
後ろから7-8列目あたり。

そこにも、十分、肉声が
届くのです。

すごいエネルギーの持ち主である
ことがわかりました。

もう一つは、

何としてでも、被爆体験を語り
続け、必要悪ではなく、絶対悪
である核兵器をこの世からなくし、
平和な世界をつくるんだ、

という、気迫を感じました。

大きなことをなすためには、
自分の旗印を明確にして、それを
掲げ、行動し続けるのが、大事
だな、と、つくづく感じました。

サーローさんの母校では、原爆で
351名の生徒や先生が亡くなり、
サーローさんは、生き残った
数少ない一人だそうです。

がれきの中から、はい出した
時のことを、語ってくれました。

壊れた建物の中で、暗く、
身動きがとれない状態で
意識が戻った時、日本の軍人が、

「向こうに光が見えるだろう。
そこに向かって這っていくんだ」
と、励ましたそうです。

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あきらめるな。
動き続けろ。
光が見えるだろう。
そこへ向かってはっていけ。
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そうやって、はい出した、13歳の
ときから、彼女は、73年間、同じ
ことを続けているのです。

爪の垢を煎じるとは、
このことか、って思いました。

あなたにも、そのことばを
贈ります。

ではまた!

坂本 夏子

ことば屋&人事屋
LABプロファイル®
マスターコンサルタント
トランスフォーメショナル・
コーチ®