前回の続きです。
友だちの何気ない「走馬灯」 ということばのおかげで、人生のゴールのイメージが、「カラフルな走馬灯を見て、ああ、いい人生だった、と 幸せを感じながら、次の世に行く」 というものになった、 というのが前回。
それが、2009 年の 激動中の私を救ったのです。
その年、社内顧客である上位者から、パワハラ・コミュニケーションが 私に対して、向けられていました。
少なくとも、私はそう、感じていました。
つらい身体症状が長引き医者にいったら、「これはうつを疑わないと」 でした。
ある夜、とどめを刺すような メールを受け取りました。 新たな身体症状が、いくつも、急激に現れました。 怖かったです。
生まれて初めての、自分が壊れそうな感じ。
直感で、やばい、とわかり、その、ギリギリの状況で、自分の声が聞こえました。
「このままでは、走馬灯が ダメになる」
自分が健全でいることが、自分にとっても、周りの人々に とっても、一番、大切。
その時、周りには、 部下が数名いました。 私は個室にいたので、彼らが 異変に気づいたかどうか、わかりません。
なりふり構わず、助けを求めることにしました。
その場面で、私を助けることのできる人は、唯一、上司。 海外にいた、上司#14 に 電話しました。
向こうも夜でしたが、幸い、電話に出てくれました。
その時の私のことば
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I need your help.
助けてください。
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助けを求める、第一アクション。
続きは、次回。
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坂本 夏子